宗教法人禅定院

　

弘法大師は、奈良朝末期である宝亀5年（774）6月15日、現在の四国香川県善通寺市でお生まれになりました。

父は佐伯直田公（さえきのあたいたぎみ）、母は玉依（たまより）の三男として生をうけ幼名を真魚（まお）と申されました。早くから神童の誉れが高く、人呼んで「貴物（とうともの）」といったほどでした。やがて真魚は母方の伯父 阿刀大足（あとのおおたり）について詩や文章を学び儒学（じゅがく）の教育を受けました。

15歳で伯父に連れられ上京し、18歳で大学に入学した真魚は、一心に勉強に励みましたが、大学の勉強だけではもの足らず、折にふれ接した仏教の教えに「人間として大切なもの」がひそんでいる事に気づき、大学を中退して仏道に進む決心を固めました。

しかし大師の生き方に、伯父をはじめ、多くの識者は反対して、忠孝（ちゅうこう）に背くものとして厳しく非難しました。そこで、大師は自分に対する非難に答え、24歳で『三教指帰（さんごうしいき）』を著します。

大和久米寺（くめでら）で『大日経（だいにちきょう）』を手にし、唐への留学を決意し、延暦23（804）7月6日、今の長崎県田浦（たのうら）を4艘の遣唐船で出港します。空海31歳の時でした。
　途中暴風雨に襲われて難破し、2艘は沈没あるいは航行不能に陥ります。遣唐大使と空海らの乗り込んだ第一船は、34日間の漂流の後に幸いにも福州（ふくしゅう）の付近に漂着しました。

しかし、上陸は許されず、大使の再三にわたる弁明の書簡も問題にされませんでした。遂に大使の依頼により空海がその書簡を代筆したところ、優れた文章と筆蹟（ひっせき）により、上陸が許されて遣唐使一行は首都長安に着くことができました。
翌年空海は青竜寺（しょうりゅうじ）の恵果和尚（けいかかしょう）にめぐり合いました。

恵果和尚は空海を見るなり「我先より汝の来る事を知って、相待つ事久し。報命尽きなんとして付法に人なし」と言い、無名の僧である空海に自分の正嫡（せいちゃく）の弟子として教えのすべてを授けました。
それからまもなく、恵果和尚は遷化（せんげ）し、翌年正月17日、和尚（かしょう）の葬送もすませ弟子を代表して碑文（ひもん）を撰した後、33歳の秋に帰国されました。

帰国した空海は大同元年（806）10月、九州に到着し、経論（きょうろん）の整理をされ、帰朝上表（きちょうじょうひょう）を朝廷に奉進しました。大同2年（807）朝命によって、筑紫の観世音寺に住すると、大同4年（809）上京の勅宣（ちょくせん）をこうむって、京都高雄山寺（たかおさんじ）に入住されました。

嵯峨天皇の思し召しによって高雄山寺（たかおさんじ）に入った空海は、ここで真言密教を流布（るふ）し国家安泰の祈祷（きとう）を修しました。そして、空海のもとには多くの学僧が集まり、最澄（伝教大師）さえもが高雄山寺に上って、伝法灌頂（でんぽうかんじょう）を受けられたほどでした。

空海は歴代天皇の厚い帰依（きえ）のもと、真言宗の存在を広く仏教界に認めさせ、根本道場（こんぽんどうじょう）として東寺を賜わり、弘仁7年（816）には嵯峨天皇より賜わった高野山に入住する事になり、弘仁9年（45歳）から4年間余を、過ごされました。

空海は、社会のため人々のために優れた才能を次々と発揮されました。
満濃池（まんのういけ）の修築工事では、岸で護摩（ごま）をたいて工事の完成を祈るとともに、水圧にたいしてアーチ型の堤防を築くなど適切な指導をされました。また、他にも漢方医学の知識を知らしめ、温泉の効用を教え、石炭石油の利用を教えたと伝えられ、人々の生活向上を図られたのです。

学術的には、日本最初の文章学概論であり、文芸評論でもある『文鏡秘府論（ぶんきょうひふろん）』『文筆眼心抄（ぶんぴつがんしんしょう）』、日本最初の辞典である『篆隷万象名義（てんれいばんしょうめいぎ）』、『三教指帰（さんごうしいき）』『性霊集（しょうりゅうしゅう）』などは詩、文ともに本格的な漢文として定評があります。

美術においては仏像、仏画の製作、建築においても才能を発揮されました。書道では三筆（さんぴつ）の一人として、大きな影響を与えました。
さらには「綜芸種智院（しゅげいしゅちいん）」という日本最初の庶民教育機関を開き、教育の機会均等を実現し、文字については「いろは歌」も空海の作と伝えられています。

承和（じょうわ）元年（834）、空海は国家の安泰と民族の繁栄のため、宮中に道場を開いて真言の秘法を修する事を奏上し、勅宣（ちょくせん）を得て、真言宗最高の法会（ほうえ）である「後七日御修法（ごしちにちみしほ）」を修しました。これは今日に至るまで連綿として続けられています。
最後の正月、御修法の導師を勤めた空海は、弟子たちに遺言をのこし、承和2年（835）3月21日に62歳で高野山において入定されたのです。そして87年後の延喜21年（921）醍醐天皇から弘法大師の諡号（しごう）を賜わりました。

真言宗は、我が国において弘法大師によって開かれた宗派です。
密教がインドで成立し中国を経て日本の弘法大師に伝えられましたが、その弘法大師を含めて8人のお祖師（そし）さまがおり、八祖（はっそ）として尊崇しお祀りしています。

真言八祖には付法（ふほう）の八祖と伝持（でんじ）の八祖があります。
付法の八祖は、秘密法流（ひみつほうりゅう）の正系を示すもので、大日如来（だいにちにょらい）、金剛薩埵（こんごうさった）、竜猛菩薩（りゅうみょうぼさつ）、竜智菩薩（りゅうちぼさつ）、金剛智三蔵（こんごうちさんぞう）、不空三蔵（ふくうさんぞう）、恵果和尚（けいかかしょう）、弘法大師をいいます。このうち大日如来と金剛薩埵は極めて崇高な仏さまですので、この二祖をのぞいて歴史的に密教の伝持弘通（でんじぐずう）に努められたお祖師さまを伝持の八祖として立てています。

伝持の八祖は竜猛菩薩、竜智菩薩、金剛智三蔵、不空三蔵、善無畏三蔵（ぜんむいさんぞう）、一行阿闍梨（いちぎょうあじゃり）、恵果和尚、弘法大師をいい、そのお姿や持ち物により見わけることができます。竜猛菩薩は三鈷杵（さんこしょ）、竜智菩薩は梵経（ぼんきょう）、金剛智三蔵は念珠を持ち、不空三蔵は外縛印（げはくいん）、善無畏三蔵は右手の人指し指を立て、一行阿閣梨は衣の袖下で印（いん）を結び、恵果和尚は童子（どうじ）を伴い、弘法大師は五鈷杵（ごこしょ）を持っています。